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元旦祝福式宣教要旨   2015年1月1日(元日)

主題「救いの泉」  聖書:イザヤ書12:1~6  福田勝敏牧師  
 
祈りのうちに新しい年を迎えられたと思います。皆様、明けましておめでとうございます。昨年は何度も台風や豪雨に見舞われ、教会の裏山も一部が崩落して駐車場の完成が遅れています。一日も早い解決をお祈りください。今年が平穏な一年でありますようにお祈りしましょう。
 さて、今日は元旦祝福式であって聖日礼拝ではありませんが、神様のみ言葉に耳を傾け、心に受けとめ、一年の信仰生活に対する指針を受ける時としていただきたいと思います。
 そこで、週報の表紙やホームカレンダーの下に書かれている今年度の標語とみ言葉に注目しましょう。今年の教団と教会の標語は「共に福音にあずかるために」です。そしてみ言葉は「あなたは喜びながら救いの泉から水を汲む」(イザヤ12:3)と「私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです」(Ⅰコリント9:23)をいただいています。
 その一つ目のみ言葉の箇所は旧約聖書のイザヤ書からです。ここは救いの喜びを語り、その喜びを人々に告げ知らせるように勧めています。昨年の6月23日の礼拝の宣教もイザヤ12章でしたが、そこで「詩篇150篇をハレルヤ・コーラスと表現するなら、このイザヤ書12章はインマヌエル・コーラスと表現されるべきである」と言った信仰者の言葉を紹介しましたが、救い主のご降誕と救いの約束を預言したイザヤは、本章で「イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」とインマヌエルの神をほめたたえています。

1、救いの日   1~2
 「その日」とは、神が救いを完成してくださった日ですが、それはイエス・キリストの十字架と復活による、罪からの救いの完成の日であると共に、やがて、再びこの地上に再臨され、新しい天と新しい地を完成してくださる日の事でもあります。
 私たちクリスチャンはこのすばらしい救いにあずかっています。つまりあなたがイエス・キリストの十字架が自分の罪の身代わりであったと信じて罪を悔い改めるなら、あなたの罪は赦され、キリストの再臨の日は裁きの日ではなく救いの完成の日となるのです。

2、救いの泉   3~4
 この救いは、一回限りのものではありません。「あの時悔い改めて救われたからそれで終わり」ではないのです。「救いの泉から水を汲む」とありますが、私たちは毎日毎日悔い改め、救いの泉から水を汲むように神の恵みを受け取る必要があります。そしてこの救いの泉は独り占めするものではなく、多くの人々に汲んで分け与える必要があるのです。
 あなたの周囲にはこのすばらしい泉を知らないで、罪の中に苦しみ悶えている方々がおられるとしたら、伝えてあげたいものです。この救いこそは全世界に与えられる救いであり、喜びの賛歌です。

3、共におられる神   5~6
 私たちはこの救いの喜びを、自分の中に押しとどめておくのではなく、「これを、全世界に知らせよ」と語られるお言葉通りに人々に知らせたいものです。そのように願っていても、私たちはなかなかうまく言葉にして人々に福音を知らせることは困難です。しかし、多くの人々は私たちの生きざまを見ておられます。使徒の働き9:36~43に登場するタビタという女性は、多くの良いわざと施しをしていましたが、病気のために亡くなりました。しかし、その町の人々は彼女の生前の行動を感謝し、ほめていたのです。阿南教会の佐伯先生のお母様は、4人家族の初めに救われた方ですが、洗礼を受ける時はご主人に大変な反対を受けられたそうです。しかし、そのころはまだノンクリスチャンであった佐伯先生と妹さんの応援があって洗礼を無事受けられたそうですが、その翌年に長男である佐伯先生、その翌年には妹さん、そしてその翌年には反対をしておられたお父様が救われて洗礼を受けられたということです。こうして4年の間に次々と救われご家族全員が救いの恵みに与られたそうです。佐伯先生は告別式で言われました。「母は信仰についてはあまり私たちに勧めませんでした。しかし、母の毎日の生活を見ていると、神様の存在が信じられました。」と。私たちも語ることがわずかでも、うまく話せなくても、その行いをもって証しができれば感謝ですね。イザヤは言います「大声を上げて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」と、内に住んで、いつも私たちと共にいてくださるお方を喜び称える時、あなたの周囲の方々が、あなたの信じる神に関心を持ってくださるのです。
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