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    新年感謝礼拝宣教要旨    2015年1月4日(日)

主題「福音のために」 聖書:Ⅰコリント9:19~27  福田勝敏牧師  

今年の教団、教会の標語は「共に福音にあずかるために」で、み言葉は、イザヤ書12:3とⅠコリント9:23です。そこで、元旦祝福式ではイザヤ書から「救いの泉」と題して与えられた救いの恵みと喜びを日々味わいつつ、周囲の人々に証しをさせていただく者でありましょう。とみ言葉を語らせていただきました。
 今朝は、今ひとつ与えられた主のみ言葉、Ⅰコリント9章から「福音のために」と題し、伝えるべき福音とは何か?共にあずかるべき福音の内容は何かを聖書から教えられたいと思います。

1、パウロの宣べ伝えたこの福音
 本書の記者であるパウロは、キリストを信じる以前はユダ人指導者のエースとも言うべき人でした。しかし彼が、クリスチャンを迫害するために、目指すダマスコに近づいたとき復活のキリスストの顕現に会い、彼の生涯を変えられました。キリスト教迫害者サウロから、キリスト教伝道者パウロとされたのです。
 彼は、かつて自分が誇りにしていたユダヤ人指導者の立場を振り返って、「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っている」(ピリピ3:8)とさえ言っています。パウロをしてこのように言わせた理由は、彼の価値観をここまで変えた理由は、パウロ自身も受けた福音の恵みなのです。その福音とはⅠコリント15:1~5においてパウロが告白するように「キリストが私たちの罪のために死なれ、葬られ、3日目によみがえられて、弟子たちに現れてくださった」ことです。また、私たちもこの福音によって救われたのです。

2、キリストの律法
 パウロはかつて旧約聖書の根本であるモーセの律法を厳格に守る人でした。しかし、イエス・キリストの福音によって救われてからは、モーセの律法ではなくキリストの律法に従って生きる者にさせていただいたと言います。キリストの語られる律法とは「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です」(マタ7:12)なのです。パウロも「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません」(ガラ5:22,23)と言っています。
 私たちがこのキリストの律法を守って生活をするとき、そこにキリストの福音が生かされ、多くの人々に伝えられていくのです。

3、信仰生活の目的
 多くの人たちは、信仰生活の目的を自分の幸せを得るためであると思っています。そのために奉仕をし、献金をささげます。しかしそれが目的となっているなら、自分の思い通りにならなかったときに不平、不満が出てきます。「こんなに奉仕をしたのに。こんなに献金したのに。こんなに熱心に教会に通っているのに。神様は答えてくれないではないか」私たちの信仰生活の目的はそうであってはいけません。私たちの目的は「神を愛すること」です。それは見返りを願った神への愛ではありません。今一つの目的は「自分がしてほしいと思うことを人にもする」ことです。これも見返りを願ってするのではなく、キリストがただ一方的に私たちを愛して十字架にかかってくださった愛に倣って行う行為であることです。
 私たちの新しい一年が、私たちの救いの恵みを確認し、福音のために生きる一年でありたいものです。
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