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礼拝宣教要旨   「良い種を蒔く生涯」  (2013年2月10日)

     聖 書:ガラテヤ人への手紙6章1節~10節          宣教:福田勝敏牧師

 本日の聖書箇所の前は、御霊の実を結ぶ生き方の大切さを教えていますが、本章では御霊の実を結ぶ生き方とは、その人の生涯に信仰的に、また人格的にどのような変化を与えてくれるか、どのように生きるべきかを教えています。
1、隣人との助け合い
 御霊の実を結ばせていただいたクリスチャンは、神によって新しい生命に生かされ、新しい思いや価値観を与えられています。
 その新しい愛の心をいただいた目で、周囲の人々、即ち近隣社会の方々とも暖かく良い交わりを保つべきなのです。クリスチャンが近隣の方々と遊離し、疎遠になってしまってはいけません。ただ、信仰的な妥協を強要される時は、まことの神様を信じる者としての明確な態度が要求されます。
 また、助け合う、励まし合うと同時に、だれかが罪を犯していることが分かれば、それがだれであっても、罪が明白であれば正す必要があります。しかし、他者の罪を指摘する時は、自分も弱い人間であって、罪を犯すかもしれない者だという愛と謙遜の心をもって接する必要があります。その時、正しく悔い改めに導き、神様からのいのちに導くことができます。
2、正しい自己認識
 私たちは、自分自身を評価する時、他者と比較して見ることが多くあります。自分の方が優れていると思うと、心に誇り、自分より優れていると思える人の前では卑屈になることがあります。これは正しい自分の評価の仕方ではありません。御霊の実を結ばせていただいた私たちは、人と比較しての自分ではなく神様の前に自分自身が吟味されるべきなのです。
 そして、互いの重荷を負い合う姿勢が必要です。人にだけ重荷を負わせて自分は負わないのではキリストの律法を守っているとは言えません。ここで使われている重荷と言うギリシャ語には、使命とか義務という意味も含まれています。神から与えられた使命や義務は人に負わせるものではなく喜んで互いに負い合うものなのです。
3、神の家族
 神のお言葉、聖書に背いた罪を重ね続ける時、必ず刈り取る時が来ます。「蒔いたものは刈り取る」という原則は霊の世界にもあるのです。
 肉すなわち生まれつきのわがままな罪の生活をしている時、必ず滅びを刈り取ることになります。
 しかし、聖霊の導きに従い、御霊の実を結びつつ、神に喜ばれる生活をする人々は、永遠のいのちを刈り取ることができると教えられています。
 結果はすぐにはわからないでしょう。しかし、神様は、必ずすばらしい喜びと感謝の永遠のいのちの実を刈り取らせてくださるのです。
 そして、自分と血のつながりのある家族も、神様によって救われて神の家族とされた教会員のお互いも、また、地域、近隣の方々もお互いに助け合い、慰め合い、励まし合い、愛と善意を持って仕え合いしょう。このような、御霊に導かれた生き方こそ、毎日良い種を蒔く者の生涯なのです。
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