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礼拝宣教要旨    2015年 2月 1日(日)    福田勝敏牧師

主題「よくなりたいか」     聖書:ヨハネ5:1~18

ヨハネの福音書にはイエスのなさった奇跡が多く記されています。この5章の前半もそのうちのひとつです。38年間も病気で苦しみ、歩くことさえできなかった人がイエスのお言葉によって癒された記事です。

1、ベテスダの池(あわれみの家、恵みの家)  1~3
 「ベテスダ」とは「恵みの家」という意味があります。この池は男性用と女性用の池が真ん中を回廊で仕切られて、周囲も回廊で仕切られていたようです。二つを合わせて、南北に約100m、東西に訳60mもある大きな池だったようです。そしてこの池は間欠泉であり、不定期に水がわき出ることがありました。
 水がわき出る時に水が動くのを、天使が下りてきて水をかき回すのだと思われていました。口語訳聖書には、〔〕の中に3節の後半から4節があり、このことが書かれています。そして、天使によって水がかき回されるときに一番に水の中に下りて行くと病気が治ると信じられ、その恵みにあずかろうと多くの病気の人々が池の周りの回廊に伏せっていました。
 今日も、あわれみの家、恵みの家であるべき教会には、神が見えない霊的に目の不自由な人、正しく歩むことのできない霊的な足の不自由な人、魂の衰えた心の病いを抱えた人々が恵みを求めて来られます。しかし、多くの人々は神の恵みに与ることができないでおられます。

2、よくなりたいか  5~9
 この回廊に38年間も病気にかかっている人もいました。彼は池の水をながめながら毎日を過ごしていました。時には水の動くのを早く見つけたこともあるでしょう。でも、水の中に下りようとすると、彼よりも病状の軽い人、あるいは付添いのいる人が先に下りて行って、彼はいつも失望していました。そこに、イエスが来られて「よくなりたいか」と声を掛けられたのです。38年間も病で苦しんでいる彼がよくなりたいのは当たり前です。何故イエスは、わかりきった質問をされたのでしょう。
 イエスは彼の知らないうちに、彼に近づいていやすこともできたはずです。しかしあえて「よくなりたいか」と尋ねられました。
 これはイエスが神の子であり全能の父なる神の御力を持っておられることを示すためでした。福音書の奇跡の記事で本人の意向に反して癒しをなさることはありません。
 彼の、よくなりたい一心で長年ここに伏せっていたことを確かめられたイエスは「起きて、床を取り上げて歩きなさい」と言われました。すると彼はすぐに床を取り上げて歩き出したのです。

3、神の子イエス  10~18
 病をいやされた人が、床を取り上げて歩き出した時にユダヤ人たちが「きょうは安息日だ。床を取り上げてはいけない」と言ったので、彼は「私を直してくださった方が、『床を取り上げて歩け』と言われたのです」と答えました。
 彼はイエスを知りませんでしたが、このような奇跡を行えるお方が言われることは間違いないと信じていたのです。
 そして、次にイエスと癒された人が再会したとき、イエスは「見なさい。あなたはよくなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないともっと悪いことがあなたの身に起こるから」と言われました。このようなことはマタイ9章の中風の人をいやされた時にも言われています。
 イエスが言われた「もっと悪いこと」とは、もっとひどい病気になるというのではなく、彼に必要な癒しは、肉体の病よりもイエスによる罪からの癒しだったのです。
 私たちも、イエスの十字架を信じて罪を赦されたなら二度と罪の世界に戻らないように祈って、恵みの道を歩み続けるべきなのです。
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