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礼拝宣教要旨    2015年2月22日(日)   福田勝敏牧師

主題「天からの給食」     聖書:ヨハネ6:1~14

 本日の箇所は「5つのパンと2匹の魚」あるいは「5千人の給食」として有名な個所です。共観福音書もマタイ14:13~21、マルコ6:30~44、ルカ9:10~17と、それぞれ取り上げています。また、マタイ15:32~38とマルコ8:1~9では7つのパンと少しの魚で4千人の人たちに給食をされたことが記録されています。ここに集まった群衆は、イエスが病人になさる奇跡のいやしの業を見てついてきた人たちでした。

1、主の御力を信じる
 イエスは、成人男子だけで5千人ですから女性、子どもを入れると優に1万人を超えると思われる大群衆を見て、「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」と弟子のピリポに聞かれました。ピリポは驚いて、「200デナリのパンでは足りません」と答えました。当時の1デナリは労働者1日分の手当てだと言われますから、「200日分の給料があっても足りないでしょう」と言っているのです。この問いかけは、イエスがピリポと弟子たちを試そうとして言われた言葉であると聖書は語っています。この時、ピリポが主の御力を信じていたら、「足りません」とか「こんなにおおぜいの人々ではそれが何になりましょう」とは言わなかったでしょう。

2、見ずに信じる
 弟子たちは、先にイエスの偉大な奇跡を見せられていたはずですが、その御力を文字通り信じていなかったのです。彼らは常識的な事情や境遇を見て、主の御力を信じられなかったのです。
 私たちもこの時代の中で、霊的に飢え乾いている人々が多くいますが、主は「あなたがたで、何か食べるものをあげなさい」(ルカ9:13)と言われます。私たちは弟子たちのように「とても無理です」と言うでしょうか。主の御力を目の前で見ていた弟子たちでさえ信じられなかったとしたら、現代の私たちが信じられなくて当たり前でしょうか。主は復活の姿をトマスにあらわされた時、「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」(ヨハネ20:29)と言っておられます。
 あなたの一番救われてほしい方々に、信仰を持って福音を伝えたいものです。

3、献身と服従
 この大きな奇跡の背後に、一人の少年の献身的ささげ物がありました。多分自分の弁当として持っていたものだったでしょうが、多くの人々のために、持っていた弁当を全て主の手にささげたのです。
すると、主はそのパンと魚を父なる神に感謝して、弟子たちの手にゆだねて人々に配らせました。弟子たちがこれを受け取って人々に配った時、与えるにしたがって、パンは増えたのです。そして5つのパンから出たパン切れを大群衆が食べ、なお残ったパンは12のかごにいっぱいになったのです。
 ここで教えられることは、「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます」(マタイ19:26)と言われる主のお言葉を信じることの大切さです。
 私たちが罪の裁きから赦され、永遠のいのちに生かさるために、十字架に死に、よみがえってくださったイエス・キリストを本気で信じ、本気で愛し、本気で仕え、本気でささげて行きましょう。
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