Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/121-411b1ae4

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

礼拝宣教要旨  2015年4月19日(日)   福田勝敏牧師

主題「キリストによる自由」  聖書:ヨハネ8章31節~38節

 イエスは59節まである長い第8章を通して、パリサイ人や律法学者と議論をしておられます。そして、31節からは「多くの者がイエスを信じた」(30節)とイエスを信じた人たちに対して語り始められました。

1、真理は自由にする
 このイエスを信じたユダヤ人たちに対して、非常に大切な事として語られたことは「真理はあなたがたを自由にします」でした。
 これを聞いた、ユダヤ人たちは「私たちはアブラハムの子孫であって、決してだれの奴隷になったこともありません」と反論しました。ユダヤ人たちはかつて、エジプトで奴隷のように扱われたことがありました。また、バビロン帝国の捕囚となって奴隷扱いを受けた経験があったはずですが、それらはお金で買い取られるような奴隷ではなかったのでこのように言ったのでしょう。
 しかし、イエスが言われた「奴隷から自由にする真理」とは、「もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです」(36節)と、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハ14:6)を合わせて見ると、この真理は哲学などで追及するような真理ではなく、神から遣わされて、神のことば、神のすべてを掲示してくださるイエスのみが、だれも与えることができない自由を与えることができることを示しているのです。

2、罪の奴隷
 「自分たちはだれの奴隷になったこともない」と言うユダヤ人たちに対してイエスは、「罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。」と言われました。さらに「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって」(44節)と言っておられます。
 人は、キリストによって解放されなければ悪魔によって、心を支配される罪の奴隷なのです。「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました」(詩51:5)と、ダビデは自分が生まれつきの罪人であることを認めて告白しています。
 当然、わたしたちも罪の中に、罪を持ってこの世に生まれてきました。あなたも例外ではありません。ですから、自分ではいけないと分かっている罪を犯し、罪から離れられないで苦しむのです。これが、イエスが言われる罪の奴隷なのです。
 しかし、イエスは「子があなたがたを自由にする」と言ってくださいます。悪魔に捕えられて、罪の奴隷となり、自由に生きることができない者を、罪の奴隷から解放して、自由にしてくださるお方がイエス・キリストです。
 奴隷は、お金などの贖い代を払って買い戻すのですが、イエスはご自身を十字架につけて、わたしたちの贖い代となってくださったのです。

3、神から出た者と悪魔から出た者
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(Ⅱコリ5:17)と言われ「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハ1:12)とも言われます。悪魔の子どもであって罪の中に生まれたような者も、イエス・キリストの十字架を信じ、悔い改め、新しく造られるなら、神の子どもとされ、悪魔の支配、罪の奴隷から解放されるのです。
 もう一度、あなたのために十字架に身代わりとなり、いのちを捨てて3日目によみがえってくださったお方を本気で信じる者としていただきましょう。
 
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/121-411b1ae4

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。