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礼拝宣教要旨  2015年5月17日(日) 福田勝敏牧師

主題「ナルドの香油」    聖書:ヨハネ12章1節~11節
 
11章では、イエスが、ラザロを死人の中からよみがえらされた記事がありました。そしてそのために、「祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕えるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた」(11:57)とあるように、当時の指導者たちがイエスを捕えようとする動きが具体的になっていましたが、イエスはエルサレムから3キロほどしか離れていないベタニヤに再度行かれました。
 イエスが愛されたこの家の三人は、それぞれのかたちでイエスを愛しました。マルタは相変わらず得意の料理の腕を振るっておもてなしをしていました。よみがえりのいのちを与えられたラザロは、他の人たちと共に、イエスと同じ食卓についてイエスのお話しを聞いていました。
 もうひとりのマリヤは非常に高価なナルドの香油をイエスの足に塗って、自分の髪の毛でぬぐったというのです。

1、おもてなし
 マルタは、料理が得意だったのでしょう。また、おもてなしも良く配慮のできた人だったようです。以前にイエスがおいでになったときもおもてなしていたことがルカ10:38~42に記されています。
 しかし、以前の時はあまりの忙しさに心を取り乱して、「主よ、妹が私だけにおもてなしをさせているのを何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃって下さい」(ルカ10:40)と言って、イエスに「あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良い方を選んだのです」(ルカ10:41,42)と言われました。マルタはここでも、おもてなしをしています。しかしここでは心を乱すことはなかったようです。
 人々をもてなす行為は決して悪いことではありません。むしろすばらしいことです。しかしそれが重荷になったり、心を乱す原因にならないように気を付ける必要があります。

2、イエスと共にいる
 ラザロは、「イエスとともに食卓についている人々の中に混じっていた」のです。彼はイエスによみがえりのいのちを与えられ、多くの人々の注目の的でした。人々は、イエスの許に来たのですが、ラザロを見るためでもあったことが書かれています。
 しかし、ラザロはごく普通にイエスのお言葉に耳を傾けていました。自分が何者であるかのような振る舞いをすることはありませんでした。証しは大切です。しかし、自分を偉く見せようとか人々の賞賛を買おうとするものであってはいけません。あくまでも証しによって、神が崇められることが必要なのです。
 この時のラザロは、静かにイエスのお言葉に耳を傾けていました。私たちも、神の恵みをいただいたならそれを感謝すると共に、このすばらしいことをしてくださったお方のお言葉に聞き従うことが大切だと言うことを心に留めたいものです。

3、ナルドの香油
 マリヤは、当時の公務員の約一年分の賃金に相当する価値を持つナルドの香油を惜しみなくイエスの足に塗り、自分の髪の毛でぬぐいました。これは、イエスのお心を喜ばせる行為でした。
 ある人はこの行為を無駄な行為だと言いました。しかしイエスはこれをご自分の葬りの備えをしてくれたのだと言われたのです。そしてその家の中はナルドの香油の香りでいっぱいになりました。
 私たちも、私たちの罪のために十字架にいのちを捨ててくださったイエスのために葬りの備えをしたマリヤに倣い、わたしたちのナルドの香油をもって、主を喜ばせ、周囲の人々にも喜びを与えたいものです。そして、常に自分を喜ばせるための信仰生活ではなく、主をお喜ばせし、人々に喜ばれる信仰者でありたいものです。私たちのナルドの香油とはなんでしょう。あなたと神様酒が御存じのものでしょう。
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