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礼拝宣教要旨    2015年 7月19日(日) 福田勝敏牧師

主題「助け主なる聖霊」    聖書:ヨハネ16:7~15

イエスは人類救済のプログラムの最終段階に突入される前に、洗足、最後の晩餐、告別説教、聖霊なる神についての紹介をされ、父なる神への祈りをされ、その後ゲッセマネの祈り、裁判、十字架、葬りと進まれます。
 さてそこで、イエスが紹介されるご聖霊について私たちも教えられましょう。

1、助け主なる聖霊
 イエスは、先に「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。」(14:16)と約束され、また「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。」(14:18)と言っておられます。そうです。聖霊なる神は、常に信じる者と共にいて助けてくださるお方です。イエスが弟子たちに「あなたがたを捨てて孤児とはしません」と約束されたことの実行が、目に見えないキリストとしておいでくださった聖霊様なのです。
 イエス・キリストはやがて天のお帰りになりますが、その後からおいでになる聖霊は、目には見えませんが、常にそばにいてくださり、信じる者の内に住んで下さるお方です。わたしたちは、イエスが目に見える形でここにいて下さったらどんなに嬉しく、心強いだろうと思うことがあります。しかし、目に見える形でおられるということは、その場から離れると目には見えなくなります。
 しかし、目に見えないお方が共にいて、しかも信じる者の内にいて導いてくださるなら、いつどのような時にも主が共にいてくださるということです。ですからイエスが「わたしが去っていくことは、あなたがたにとって益なのです。」(6)と言われたのです。

2、助け主なる聖霊の働き
 助け主なる聖霊のお働きは「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて世にその誤りを認めさせます。」(8)。
「罪について」とは、人々が自己中心の生活をして、主イエスを信じようとしないで反逆をすることです。聖霊は不信仰が罪であることを教えてくださいます。
「義について」とは「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。」(ロマ4:25)とある通り、聖霊が私たちに、十字架の救いとは、生まれつき罪人であった私たちが、十字架によって罪をゆるされ、まるで罪がなかった者のように義と認められることを理解させてくださいます。
「さばきについて」とは、十字架と復活によってサタンの計画を完全に砕かれたことが教えられています。サタンは私たちを神に敵対しイエス・キリストを信じないものにし、永遠の滅びに導こうとします。しかし、「わたしは、お前の子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、お前は彼のかかとにかみつく。」(創3:14~15)と人類創造の始めから預言されています。つまり、イエスは十字架で敗北されたかのように見えますが、実はそれは、サタンがイエスのかかとにかみついた程度で、イエスの死は人類の罪の身代わりであって、サタンの神に敵対する行為を打ち砕いてくださったのです。すなわち、永遠の滅びに行くはずの罪人の罪をゆるして、永遠の天国に入れて下さることになってのですからこれこそサタンの頭が踏み砕かれたのです。

3、キリストの勝利に与る
 イエスは、弟子たちに対して、「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。」(16:33)と言われました。この現状は、現代のクリスチャンにも言えることです。信仰から引き離そうとするサタンの様々な試みに遇うことが多くあります。しかし、イエスは「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」(33)と言っておられます。
 助け主なる聖霊により頼んで行く時、イエスの言われるとおり患難に打ち勝って、信仰の喜びを味わいつつ歩むことができるのです。
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