Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/144-c62317aa

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

礼拝宣教要旨    2015年 9月20日(日)  福田勝敏牧師

主題「私にあるもの」     聖書:使徒の働き3:1~10
 
弟子たちは、主イエス・キリストの十字架とよみがえりの姿を見せられました。彼らは主イエス・キリストに直接出会い、メッセージを聞き、主イエスのなさる数々の奇跡を見ていました。しかし、彼らはそれだけでは出て行って福音を宣べ伝えることはできませんでした。
彼らが福音を伝え、主がなさったように奇跡をもって神様の栄光を現すことができるようになったのは、主イエスの約束通りに聖霊なる神がおいでになった時に聖霊に満たされ、その力をいただいた時からでした。
 聖霊がおいでくださったその日からキリスト教会が始まったのですが、誕生したばかりの教会は、目覚ましい成長をしました。クリスチャンとなった人々は、常に共に集まり、賛美し、聖餐をし、祈りをしていました。そして、全ての民に好意を持たれていたと聖書は語っています。さらに「使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた(使2:43)。」とありますが、本日の箇所はその一例が挙げられているのです。 

1、祈りのある所
 ペテロとヨハネが神殿に行ったのは、午後3時の祈りの時でした。当時のユダヤ人たちは、9時に朝の祈り、12時には昼の祈り、そして、午後3時には午後の祈りをささげていました。
 この当時の人々にとって、一日3回の祈りは当然のことでした。彼らにとっては強制でもなければ、ごく普通のことでした。
 私たちも、朝の祈り、夕の祈り、食事の祈りがごく当たり前、普通のことになればいいですね。神はこうした当たり前のごく普通の習慣の中にも働いてくださるのです。

2、御名の力
 この午後の祈りの時間にペテロたちが神殿に向かった時、神殿の東門から入ろうとしました。この門が別名「美しの門」と呼ばれる門でした。
 するとそこに一人の生まれつき足のなえた人が運ばれてきたのです。そして門のそばに置いてもらっていたと言われます。
 彼の周囲の人々も彼自身も、こうして、祈りのために人々が集まる時間に合わせて、施しを求めていたのです。
 そこにペテロたちが来たので、彼らに施しを求めました。すると、ペテロは「私たちを見なさい」と声をかけ、何かもらえると期待してペテロの方を見たこの人に対してペテロは「金銀は私にはない。」と言います。この人はがっかりしたでしょう。しかしペテロの続いて語った言葉はすばらしいものでした。「しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言ったのです。
 すると、生まれながら足のなえた人が歩き出したのです。すばらしい神様のみわざが現れました。「この人は40歳余りであった」使徒4章22節に記されています。
 ここに、「イエス・キリストの名によって」と言われています。ペテロにこの人をいやす力があったわけではありません。
 ペテロがイエス・キリストの名には人をいやす力があると信じていたから言うことができた言葉です。また、この足のなえていた人もペテロの言葉を信じたから立ち上がったのです。ここに祈りがあり、信仰があってこそなされた奇跡であるとも言うことができます。

3、与えられる信仰
 エルサレムにいた多くの人々は、ペテロやいやされた人を取り囲んで、驚き、興味の目で見ていました。
 するとペテロは、この奇跡は自分の力や信仰深さなどでなく。ただ、あの十字架につけられて命を捨てられたイエスの名によるのである。
 このお方は、エルサレムのユダヤ人たちによって十字架につけられたが、父なる神さまによってよみがえらされ、信じて、悔い改める者の罪を赦してくださるとの福音を語りました。
 そして、ペンテコステ前のペテロではなく、謙遜に、「イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。」と語っています。
 この時のペテロは、正にナザレのイエス・キリストだけをもって足れりとしていたのです。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/144-c62317aa

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。