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礼拝宣教要旨    2015年 9月27日(日)   福田勝敏牧師

主題「この方以外に救いはない」 聖書:使徒の働き4:1~12
 
ペンテコステに聖霊がおいでになって、弟子たちが聖霊に満たされると著しい聖霊の働きが弟子たちを通しておこなわれました。最初の働きは美しの門で物ごいをしていた足のなえた人の癒しでした。
 その出来事を通して、多くのユダヤ人たちがペテロの話しを聞くために彼らを取り囲んだのでした。そして熱心にペテロの話に耳を傾けました。
 ここに、初代教会の出発の姿を見ることができます。しかし、教会の前進はすぐに大きな困難に遭遇するのです。

1、最初の迫害
 エルサレムにいた多くの人々は、足のなえた人が、神の働きによって癒され、自由に歩き回ったり、跳ねたりしているのを見て、ペテロの話しに耳を傾けました。そして多くの人々が悔い改めて、信じる人々が男の数だけで5千人ほどになったと言われています。
 民の指導者、長老、学者たちはこの出来事の結果を見て驚き、弟子たちを捕えて、ペテロたちの働きをやめさせようとしました。
 彼らは、ユダヤ人の指導者、大祭司たちです。恐らく、彼らはガリラヤの田舎から出てきたペテロたちを見て、自分たちのような権力者が脅せば、すぐに黙るだろうと思っていたのですが、ペテロが、自分たちが取り調べを受けているのは、病の人をいやした良いわざによってであり、このことはイエス・キリストの名によってなされたことであることを、理路整然と語り「この方以外には、だれによっても救いはありません。」と語たりました。

2、神に従う道
 指導者たちは、弟子たちが無学な普通の人であり、いやされた人が彼らといっしょにいるのを見ては、返す言葉がありませんでした。それでも「いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた」のでした。これに対しても、ペテロは「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。」と答えています。これに対しては、指導者たちは言葉がありませんでしたので、弟子たちをおどしたうえで釈放しました。
 ここに弟子たちの、常に神を最優先課題にすべきことが明快になっていることを見ることができます。
 わたしたちは、神に従う道を選んで歩いているでしょうか。それとも周囲の人々の評判を優先させた生き方をしているのでしょうか。

3、大胆な祈りと伝道
 弟子たちが捕えられて、おどされていたとき、弟子の仲間たちは心をひとつにして、神に向かって祈っていました。そして、ペテロとヨハネが帰ってきた後の教会でも熱心な祈りがささげられました。彼らの祈りの中心は「いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください」です。使徒パウロも「どんな場合にも恥じることなく、いつものように大胆に語って、生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。」(ピリピ1:20)と言っています。
 私たちもパウロに倣い「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です」(ピリ1:21)と告白できる生き方をしたいものです。
 私のために、あなたのために十字架にいのちを捨ててくださったイエス・キリストに心から感謝し、大胆に伝える者としていただきましょう。
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