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礼拝説教要旨  2016年 6月19日   宣教 福田勝敏牧師

宣教題「神の御前の最善」      聖書 使徒の働き24章10節~21節

 牧師の発病以来、宣教要旨の公開をストップしていましたが、ここに復活することとして、先週の分から復活しました。今後、礼拝宣教を読んでご意見などありましたらお教えください。長らく、お休みしてすみません。今後よろしくお願いします。
  羽ノ浦キリスト教会 牧師 福田勝敏

 騎兵たちに、暗殺集団から守られてカイザリヤに護送されたパウロはローマの総督ペリクスのもとで裁判を受けることになりました。
1、大祭司の訴え
この総督の妻はユダヤ人であり、総督ペリクスも当時のキリスト教について詳しい人だったようです。
 ユダヤの大祭司アナニヤがパウロを訴えるためにカイザリヤにやって来ましたが、この裁判のためにテルトロという弁護士を同行して、弁護士が大祭司の代わりに話し始めました。大祭司たちはパウロを訴える確かな証拠を持たないために、雄弁なテルトロを同行したのでしょう。
テルトロは、パウロのことを「ペストのような存在」「疫病のような存在」だというのです。このような訴えはローマの法律には関係のないものですから、総督ペリクスはパウロの言い分を聞いた上で裁判を延期してしまいました。パウロを「ペストのような存在」と言ったことは、パウロの語るキリストの福音があまりにも早く多くの人々に受け入れられることに恐れを持ったからでしょう。当時の信徒たちは「世界中を騒がせてきた者たち」(17:6)とか、「ペストのような存在」とかと言われました。私は、自分自身を振り返り、キリストに反対する人々にとって、ペスト、疫病のような存在と思われるほどの影響力を持っているだろうかと思います。なんとおとなしく、何の影響力も持たない存在ではないかと迫られるのです。
2、正義と節制と審判
 ペリクスは、ユダヤ人の妻とともに、イエス・キリストのを信じる信仰についてパウロから聞きましたが、パウロが、「不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現れを待ち望むようにと教えさとした」(テトス2:12,13)このようなメッセージを聞いたときに、ペリクスは恐れを感じたのです。
 私たちも、優しい神の愛のお話しはいいが、厳しいさばきの神のお話しは聞きたくないところがあります。ペリクスにはそのような生活、自分の立場を利用して私腹を肥やそうとする生活があったために恐れたのです。私たちの中にもそのような不敬虔、この世の欲があるなら、イエス・キリストの十字架の前に悔い改めて、神の御前に立つ思いで出るべきです。
3、神の御前に最善をを尽くす生活
 パウロが「神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています」と言い切れたのは、復活を信じていたからだといえます。
 私たちも、やがて、復活のキリストと神の前に立つことになると信じているなら、もっと真剣に神の御前に最善の生活をすることでしょう。
 総督ペリクスは、パウロが無実であり、罪に値することは何もしていないと分かっていましたが、ユダヤ人の関心を買おうとしたことと、パウロからわいろをとろうと考えていたために、2年もの間「牢につないだままにしておいた」のです。
 私たちは常に神の御前に置かれている者としての歩みをしたいものです。
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