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礼拝宣教要旨   「主の若枝」  (2013年3月17日)

    聖 書:イザヤ書4章1節~6節     宣教 福田勝敏牧師

 2章から始まった神様のさばきは4章1節まで続きます。神様は愛なるお方ですから、本来愛する人々を裁くことは好まれません。
 しかし愛の神に背を向け罪を犯し続ける者には、神の正義のさばきが下されるのです。イザヤはこの愛なる神の裁きと共に、神のご計画される栄光を語っています。

1、裁きの真意
 女性たちは高ぶりのために裁きを招きました(3:16)。それは、戦争で男性が激減したために、女性たちが結婚を願っても相手がいないことでもありました。しかし、神はこうした裁きはイスラエルを滅亡させるためではなく、神の民を神の民らしくきよめるために行われたのです。「わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい」(黙3:19)と主は語っておられます。

2、若枝の恵み
 神の裁きの預言が続く中で、突然祝福の預言が足られ始めます。「シオンに残された者、エルサレムに残った者」は、イスラエル民族全体が堕落の一途をたどっている時にも、清い信仰を保ち、正しい行動を貫いた人たちのことです。本章で2回使われている「その日」とは、主の若枝であるキリストのおいでになる時であり、神に背を向け罪を繰り返す者にとっては審判の日であり、神に従い信仰を貫く人たちにとっては、永遠の救いが完成される時です。「いのちの書にしるされた者である」とありますが、黙示録20:15には「いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた」とあります。
 このいのちの書に名が記されるためには、たくさんの善行を積むことでもなく、たくさんの献金でもなく、この世で、地位や名誉を積むことでもなく、自分の罪を悔い改め、イエス・キリストの十字架を自分のためであったと信じることです。

3、きよめの順序
 神はさばきの対象とされたような者にも救いときよめのチャンスを与えてくださるのです。その順序は、まずさばきの霊によって罪を指摘されます。その時、示された者は素直に神の前にひれ伏して悔い改めるのです。
 リバイバルには必ず悔い改めが伴います。それは、完全に焼かれて、不純物を取り除かれるようなきよめです。
 そしてさらに、汚れを洗い、すすぎきよめてくださるのです。このすすぎの水は、主キリストの十字架の血潮です。
 さばきがあり、血潮のきよめがあった行われた後には、神様の愛と寛容の故に仮庵と隠れ家をもって保護してくださるというのです。
 イスラエルに与えられた、神の絶大な愛は、現代の私たちにも提供されています。私たちも罪を指摘されれば悔い改め、赦しときよめの血潮によってきよめていただき、愛なるお方のふところに逃げ込み、隠れ、憩わせていただきましょう。
 このすべての恵みの業は、クリスマスに人間の歴史の中に来られ、十字架についてくださり、3日目によみがえり、天に帰り、再びこの地上においでくださる、主の若枝である再臨の主イエス・キリストによって完成されるのです。
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