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イースター礼拝宣教要旨 「何故泣いているのか」 (2013年3月31日

 聖 書:ヨハネの福音書20章11節~18節

イースター(復活祭)はキリスト教会史上最古の祝日であると言われています。ペテロやヨハネの初代使徒時代にすでに守られていたようですが、イースターと呼ばれるようになったのは、ヨーロッパのゲルマン民族のオースターという春の祭の呼び名が変化したものだとも言われています。
 現在のイースターは、紀元325年のニカイヤ教会会議で歴史的考察を重ねた末「春分の日の後の満月に続く日曜日をイースターと定める」と決定したことから、この時期に守られるようになりました。
1、何故泣いているのですか
 マルコの福音書によると、日曜日の朝早く、イエス様のご遺体に油を塗るために3名の女性たちが墓に行ったが、墓の入り口の石は転がされ、イエス様のご遺体はなく、さらに天の御使いと思われる青年に「あの方はよみがえられました。ここにはおられません」(マルコ⒗:6)とのお告げを聞き、彼女たちは震え上がり、墓から逃げ去った、と記しています。
 しかし、マルコの福音書にも、本日のテキストのヨハネの福音書にも、復活されたイエス様は、だれよりも初めにマグダラのマリヤに、よみがえりの栄光のお姿を現されたことを記しています。
 マグダラのマリヤはかつて多くの罪を持ちまた病をもっていました。しかし、イエス様はこのマリヤの罪をゆるし病をいやされたのです。そのためにマグダラのマリヤはだれよりも深くイエス様を愛していました。ですから、彼女にとってイエス様の死はだれよりも深い悲しみでもあったのです。イエス様は復活されたお姿をだれよりも初めに、このマリヤにあらわされたのです。イエス様はだれにも理解されないで苦しんでいたマリヤの罪をゆるし、病を癒し、だれにも理解されない寂しくつらい心に届いてくださいました。
 私たちの心にも、だれにも分かってもらえない、いやされないと思える悲しみも、ありますが、あのイースターの朝に復活されて今も生きておられるイエス様は、いちばん深い悲しみの底にも届いて癒し、慰め、励ましてくださるのです。
2、だれを捜しているのですか
 マグダラのマリヤは、二人の御使いにお会いしてもイエス様の復活が信じられずイエス様を探していました。
 すると今度はイエス様が彼女に現れて、「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか」と直接声をかけてくださいました。それでもマリヤは、イエス様を園の管理人と間違えて、イエス様のご遺体の移された場所を尋ねます。するとイエス様は、「マリヤ。」といつも呼びかけられていた口調で声をかけてくださいました。その時マリヤは初めて、「ラボニ(先生)」と答えたのです。
 私たちも、イエス様がすぐそばにいて声をかけてくださっているにもかかわらず、神様の癒し、慰め、励ましが遠くにあるように思ったり、イエス様が遠くにおられるように思って、わたしは一人ぼっちだと、悲しんでいることが多いのです。
 あなたはだれを捜しているのですか。あなたの救い主はあなたのすぐそばにおられ、あなたの名前を呼んでおられるのです。
3、主にお目にかかりました
 マリヤは、イエス様にお出会いして大きな喜びをいただきました。そして、急いで弟子たちのところに帰って、「わたしは主にお目にかかりました」と告げたのです。そして、イエス様が彼女に語られたことをすべて伝えました。
 私たちも、イエス様にお会いし、癒しと慰めと励ましをいただき、罪ゆるされ、永遠の命をいただいたなら、この喜びを身近の人々にお伝えしましょう。主はあなたの周囲から悲しみを拭い去り、喜びを溢れさせてくださるのです。もう泣くのはやめて、イエス様の喜びに満たされましょう。もう探すのはやめて、あなたのそばにおられるイエス様に目を向けましょう。
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