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礼拝宣教要旨  「神を見た人」    (2013年4月21日)

 聖 書:イザヤ書6章1節~13節 宣教:福田 勝敏牧師
 
本章の冒頭に「ウジヤ王の死んだ年に」とあります。このウジヤ王は16歳で王となり、52年間王位にありました。「彼はすべて父アマツヤが行ったとおりに、主の目にかなうことを行った。」(Ⅱ歴代26:4)と、聖書は評価しています。
 そのようなウジヤも、晩年には心に思い上がり、傲慢な心になり、堕落し、ついに神の裁きを受け、額に重い皮膚病を発症し、死に至ったのです。
 イザヤが誰よりも信頼し、慕っていたウジヤが神の裁きのために死んだとき、彼は大きな悲しみと神の裁きの厳粛さに打たれ、神殿に入って神に祈りました。この時イザヤはすばらしい幻を見せられたのです。

1、神を見た
 イザヤは、ウジヤ王の死から様々なことを教えられ、一人神に祈るために神殿にいました。そのとき彼は王座に座っておられる神を見たのです。
 その神殿の中にはセラフィムと呼ばれる神の天使たちが、翼で飛びながら「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ」と歌っていたのです。なんというすばらしい光景だったことでしょう。イザヤが夢心地になっていた様子が容易に想像できます。
 私たちも神様の前に真剣に祈る時、何とも言えない神様のご臨在を覚えることができます。肉眼の目では神を見ることはできませんが、心の目が開かれて、神を拝し、神の前にひれ伏す思いにさせられることがあります。

2、罪が贖われた
 イザヤは神を見たとき、自分の罪を示されました。そして、自分の汚れの故に失望し、恐れ、永遠の滅びを覚悟しました。しかし、セラフィムの一人が祭壇の燃えさかる炭火を取って、イザヤの唇に触れ、「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた」と語っていただきました。
 新約の時代に生かされている私たちは、自分の汚れを知らされ、苦しみ悩むとき、神は私たちにイエス・キリストの十字架を示し、「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」(Ⅰヨハネ1:7)との約束を与えて、素晴らしい喜びの高嶺に引き上げてくださるのです。

3、神の派遣
 イザヤの罪が除かれ、清められた時、神は「誰を遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と声をかけられました。その時イザヤは即座に「ここに、私がおります。わたしを遣わしてください。」と答えました。
 この答えは、私たちクリスチャンはだれでもがするべき答えなのです。若い人たち、この答えをもって直接献身に立ち上がりませんか。わたしたちの教会が所属する日本イエス・キリスト教団の教会数のピーク時は135教会でした。しかし、今年の4月から131教会になっています。また、四国教区の高知聖徒教会には牧師が派遣されないために教区内の牧師たちが交代で礼拝の宣教に行っています。わたしも7月、11月、3月と今年度内に3回は高知に行くことになっています。東北教区は12教会のうち3教会に牧師がいません。働き人が足りないのです。この現実を見ると、神が今日も「誰を遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる声が聞こえるような気がします。この教会からも、神学校に行って、牧師になって、福音をのべ伝える人が起こってほしいと祈っています。
 またここでの神の求めは、牧師だけではありません。あなたのいる地域社会、学校、職場、家庭、そこをあなたの派遣先として福音をのべ伝えたいものです。あなたを愛し、あなたを護り、あなたの罪を赦してくださる万軍の主を仰ぎ見ながら、主にお答えしましょう。
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