Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/23-b13e5fe2

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

礼拝宣教要旨  「神に望みをかける」 (2013年5月5日)

聖 書:イザヤ書8章11節~18節       宣教:福田 勝敏牧師

 本章の内容は7章からの続きです。北イスラエルとアラムの連合軍が攻めようとしている時のことです。
 神様は、危機に面していながらも、全能の神様を認めようとも、求めることをもしないで、アッシリヤの軍事力により頼んでいるユダに対して、再度イザヤを遣わし、重ねて危機とともに神様に頼り従う時に希望が与えられることを語っておられるのです。

1、神様の介入
 「救い主が乙女から生まれる」という希望の預言も、「アッシリヤの王から大きな苦しみを受けることになる」との預言も、アハズ王には何の感動も、信仰の覚醒も与えませんでした。そのような状況の中にあって、女預言者と呼ばれていたイザヤの妻が生んだ二男の名前を通して、アッシリヤに略奪されるユダを預言しています。「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」とは「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味です。
 当時のユダ王国はイザヤの語る預言の言葉に従おうとしないで、大きな困難と絶望の中に置かれていました。しかし、イザヤの家族は、彼らが信じる神様はきっと最善をしてくださると信じていましたから、一家挙げて、喜んで主に仕えていました。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべての事を働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ロマ8:28)を本気で信じられる人は幸いです。

2、インマヌエルの神
前の章ではインマヌエルの神が来てくださる、と救い主の預言がありました。そしてここでは、イザヤの忠告に聞き従わないユダの民に対して、「アッシリヤが、まるでユーフラテス川の大氾濫の時のように、町々になだれ込んで滅ぼしつくす」と語っています。しかし、その滅びの大預言のただ中で、突然インマヌエルの約束が挿入されています。このインマヌエルには二つの意味が含まれています。ひとつは、神がともにおられるのに、神に従わない者を裁かれるのだという意味。今ひとつは、さばきの神様ではあるが神が神の民として選ばれた民とはいつもともにいてくださる。ここに、どこまでも寛容な神様のご愛を見せられます。
現代の私たちのためにも神様は厳しい忠告を与えられるとともに、寛容なご愛の御声をもって赦し、励ましてくださるのです。

3、万軍の主を聖なる方とする
インマヌエルの民であるはずのユダの民が、王をはじめ国民の多くまでが、主を信頼するより人間の力を頼みとしていたのです。したがって、「神にのみ信頼せよ」とのイザヤのメッセージは人々の賛同を得られませんでした。
それどころか、非国民、王への反逆者と思われましたが、神様はイザヤに励ましの言葉をもって力づけてくださいました。
神様は信じる者にとっては万軍の主であり、背く者にとってはさばきの主となられます。
私たちは人を恐れるのではなく、神様のみを畏れ、私たちのために御子イエス・キリストを十字架につけ、三日目に死人の中からよみがえらされ、さらに今も信じる者と常にともにいてくださるインマヌエルの神を、唯一まことで、聖なるお方と信じて従いましょう。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://hanourach.blog.fc2.com/tb.php/23-b13e5fe2

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。