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礼拝宣教要旨   「救いの泉」 (2013年6月23日)

聖 書:イザヤ書12章1節~6節          宣教:福田勝敏牧師

イザヤ書7章14節に「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける」と語られ、9章5節には「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる」と語られ、さらに11章1節では「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に、主の霊がとどまる。」とあります。これらのみ言葉は、救い主がおいでになることの預言が明確にされた預言です。
 「詩篇150篇をハレルヤ・コーラスと表現するなら、このイザヤ書12章はインマヌエル・コーラスと表現されるべきである」といった信仰者がいます。そのように救い主のご降誕と救いを預言したイザヤは、12章に至って神様の大いなる救いの御業とともにいてくださる神ご自身を「感謝の歌」として表現したのです。

1、わたしの歌
 「その日」とは当然、主の救いが成し遂げられる日、神の怒りが去った日です。12章はインマヌエル(神は私たちとともにおられる)と呼ばれる救い主がおいでになったことで、神の怒りが去ったことに対する感謝の賛美で始まっています。絶対聖であるお方が怒りを汚れた私たちに向けることなく、神のみどりごとしてお生まれくださった、聖なる御子イエス・キリストに向けてくださり、当然裁かれるべき私たちがゆるされたのです。
 なんという感謝、なんという喜びでしょう。わたしの救いとなってくださった聖なる神を、そして御子イエス・キリストを心から賛美しましょう。

2、救いの泉
 この救いは、わたしたちだけのものではありません。「あなたがたは喜びながら、救いの泉から水を汲む」と言われますが、ここで言われる「あなたがた」とは、主に救いを求めるすべての人々を指しているのです。
 神様の救いは、一部の人々の特権ではありません。「エッサイの根は、国々の民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼のいこう所は栄光に輝く」(11:10)
 と言われるように、この救いこそは全世界に与えられる救いであり、喜びの賛歌なのです。

3、インマヌエルのお方
 「イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」と言われるインマヌエルのお方は、わたしたちのうちに住んで下さるお方です。「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」(コロサイ1:27)とは、イザヤの預言の成就を表しています。
あなたのうちにも住んで下さるお方様を賛美し、感謝し、共に生かされる喜びを味わいつつ、一日、一日、一歩、一歩歩ませていただきましょう。この救いの喜びは、汲んでも尽きない、湧き上がる泉のような祝福です。
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