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年末感謝礼拝 「感謝の記念碑」 (2012年12月30日)

 聖 書:Ⅰサムエル記7章8節~12節

 主の年2012年も今日を入れて2日となりました。私たちは毎年、この時期には神様の恵みと哀れみを振り返ります。そして同時に、いかに自分が神様の前に足りない者であったかを反省させられます。
 本日の聖書の箇所は、王のいないイスラエルでサムエルという預言者が神の言葉を語り、国家を指導していました。米田豊師はこのⅠサム7章の冒頭で「この章はサムエルの指導下におけるリバイバルと、彼の支配の下における勝利を記す」と言っておられます。また「イスラエルにおいては、今我らに於ける如く、信仰復興が勝利の原因であった」とも言われます。
 そうです、私たちもまた毎日の生活において、サタンとの戦いに敗れて勝利のない生活をしているとしたら、その原因は神抜きの生活にあるのです。

1、主を慕い求める民
 サムエルが活躍し始めた当時、イスラエルの政治、宗教の中心地がシロにあったと思われます。モーセ時代からの契約の箱もシロに安置されていたのですが、祭司エリのふたりの息子、ホフニとピネハスによって、戦場に持ち出されペリシテ人に奪われてしまいました。しかし、ペリシテ人が神の箱を返しに来ましたが、それをすぐにシロに戻さず、キルヤテ・エアリムに置き、20年もそのままにしていたのです。
 そしてサムエルの宗教的指導が民の間に行き渡り始めるとようやく、彼らは主を求め始めました。口語訳では「主を慕って嘆いた」と訳されています。イスラエルの民は、サムエルによって神を抜きにした生活の空しさ、弱さを思い知らされたのです。

2、悔い改めた民
 この時、イスラエルの民たちは、サムエルに偶像を捨てて主に立ち返るように勧められた時、すべての偶像を自分たちの周囲から取り除いて、主にのみ仕えたのです。
 私たちもまず、まことの神様の前に罪と思える物、偶像となっているものを取り除いて主にのみ仕えることが必要です。
 つまり、神様のみ心を悲しませ、痛めさせ、キリストを十字架に追いやるような罪があればまず悔い改め、そこから離れる必要があります。
 神様を慕い、神様に悔い改めた民に対して神は即座に答えを与えられました。ミツパにイスラエルの人々が集まっていることを知ったペリシテ人が、一網打尽にイスラエルを滅ぼすつもりでしかけてきました。イスラエルの人々も万事休すと思ったその時、神様は突然天候を崩され、雷鳴がなりペリシテ人は乱され、イスラエルは大勝利を得ました。これは、もちろんイスラエルの力で勝ったものではありません。

3、感謝の記念碑
 サムエルは、この勝利は神ご自身の恵みと助けによると信じ、そこに記念の石を立てました。そして「ここまで主が私たちを助けてくださった」言いました。
 彼らは、かつて敗北した同じ場所で大勝利をしました。私たちも、同じような試練、同じような試みが襲ってくることがありますが、そのような時、私たちは何をしたらよいのでしょう。主を慕い、主に悔い改め、サムエルがしたように子羊を犠牲として主にささげるのです。
 もちろん、この当時のように動物の子羊をささげるわけにはいきません。またその必要はありません。
 私たちには神の子羊、イエス・キリストが十字架で血を流し、贖いを完成してくださっていることを信じて受け入れることが大切なんです。
 そして、この十字架の事実を信じ受け止め、感謝しようではありませんか。あなたのエベン・エゼルの石は明確ですか。今年最後の礼拝のこの日、感謝の記念碑、エベン・エゼルを立てましょう。この石が立っていればいつでもそこに戻れるのです。そして感謝をすることができます。
 だって、イエス・キリストは一度死んで葬られ、三日目によみがえり、今も信じる者に愛と祝福を与えてくださるのです。
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