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礼拝宣教要旨  「我ここに立つ」   (2013年10月27日)

聖 書:ローマ人への手紙3章21節~26節       宣教:福田勝敏牧師

1517年10月31日の夕方、マルティン・ルターが、ドイツのヴィッテンベルグ
の城教会の扉に「95箇条の提題」を張り出して、当時の教会の在り方に異論を唱えたことから、教会に反逆する異端者として裁かれることになりました。
 1521年にルターはヴォルムスの帝国議会に召喚され、皇帝カール5世から「この書物は君の者か。そしてこの中に含まれている誤りを否認するのかしないのか」と詰め寄られた時、ルターは「この書物は確かにわたしの書いたものです。しかし、わたしの良心は神の言葉に捕らわれているのです。私は何も取り消すことはできないし、取り消そうとも思わない。『我ここに立つ。神よわたしを守りたまえ。アーメン』」と言ったと伝えられます。
 また、「ヴォルムスの屋根瓦すべてがサタンになってわたしを責めても、我ここに立つ。」と言ったとも言われます。
 彼が立っていたところ、彼が歩んでいた道は、パウロが示した信仰であり、イエス・キリストの十字架と復活そのものだったのです。

1、信仰によって生きる
 パウロは「しかし、正しい人はその信仰によって生きる」(ハバクク2:4)新共同訳では「しかし、神に従う人は信仰によって生きる」口語訳では「しかし義人はその信仰によって生きる」のみ言葉を拠り所として信仰生涯を全うしました。
 ルターも苦しい修業を積んでも自分の心が清くならない現実に触れて悩んでいた時、「義人は信仰によって生きる」(ロマ1:⒘)のお言葉に目覚めさせられ、宗教改革の基礎となる信仰を持つことができたのです。

2、無償の賜物
 パウロが信じ、ルターが拠り所にして立ってきた「ただ信じるのみ」と言う信仰の基本は、キリストの十字架の贖いです。わたしたちは生まれながらの罪人です。しかし、キリストはその罪を許すために十字架に死んでくださいました。そして3日目に死人の中からよみがえってくださいました。わたしたちがこのことを信じる時に私たちが何かを支払わなくても、無償で罪ゆるされ、きよめられ、永遠の命をいただいて生活することが許されるのです。

3、神の義
 神は旧約聖書において、選民イスラエルが神に対する背きの罪にために神から離れていくのを悲しみの目で見つめておられました。しかし神は神の支配される此の世の歴史のご計画の中で最も良い時にイエス・キリストをこの地上に送ってくださり、救いの道を開いてくださいました。
 そして、パウロ、ルターそして多くのクリスチャンたちが信じて立ってきた、救いの唯一の拠り所をわたしたちも信じるなら、わたしたちが神から義と認められるようにしていただけるのです。わたしたちも何があっても「ここに立つ」者で会いましょう。
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