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年末感謝礼拝宣教要旨  「神がここまで守られた」  (2013年12月29日)

聖 書:Ⅰサムエル記7章5節~14節         宣教:福田勝敏牧師

 わたしたちが一年を振り返る時、個人において、家庭において、教会において、あるいは社会にあって政治、経済、台風や豪雨など、様々なことがあったことを思い起こすことができます。喜ばしいこと、悲しいこと、困難なこと等、様々なことがあったことでしょう。
 聖書は大切なポイントで祈るべきことの重要性を教えています。出エジプト記17章のヨシュアがアマレクと戦った時、モーセが丘の上で祈っていたことが記されています。そして、モーセが手を上げて祈っていた時、手がだるくなって手を下すとアマレクが優勢になり、手を上げる(祈る)とイスラエルが優勢になりました。そのために、モーセの手が下がらないように、アロンとフルがモーセの手を両側から支えて、上げ続けたところイスラエルが勝ったというのです。私たちも、祈り続ける時に様々な困難からも勝つことができます。
 サムエルが、ミツパに人を集めて祈ったときの祈りから現代の私たちも教えられる祈りの姿勢が記されています。

1、注ぎ出す祈り
 本日のテキストに登場するサムエルは祈りの人でした。イスラエルの人々が偶像礼拝から離れて神様に信頼しようとしたとき、サムエルは人々をミツパに集めて祈ることにしました。
 そして最初にしたことは、水を注いで、悔い改めの祈りをしたのです。私たちも祈る時、心をすべて注ぎだして祈ることが大切です。詩62:8、哀2:19では「心を注ぎ出せ」と言っています。神の前に、正直に何も隠さず、注ぎ出して祈ることが大切なのです。神様の前に取り繕ってはいけません。
 イスラエルの人々が注ぎ出して祈り、断食して悔い改めの祈りをささげた時、彼らは自分の罪が次々に示されました。
「神へのいけにえは、砕かれた霊、砕かれた、悔いた心。」(詩51:17)で祈るのです。

2、困難の到来
神を礼拝し、悔い改めの祈りをしている時に敵ペリシテ人が襲ってきました。しかし、サムエルの祈りが神に聞かれ、雷鳴でもってペリシテを混乱させられ、完全な勝利を得ることができました。
 わたしたちも信仰を持っても困難があり、行き詰ることもあります。そのような時こそ祈り、祈り続けることが大切です。

3、感謝の記念碑
 イスラエルの人々は、ペリシテ人から守られた時、彼らはエベン・エゼルと呼ばれる記念碑を立てました。「ここまで主が助けてくださった」という意味です。私たちも神様の前に祈り、感謝し、次に向かって前進させていただきたいものです。
 感謝の祈りは神に向かって仰ぐことができます。そして成長をすることができるのです。パウロが「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです」(ピリピ3:13,14)と言っているように、一年を振り返って、キリストの十字架と復活の前に、心を注ぎ出して、悔い改めの祈りをささげ、感謝をもって神の前に出て、新しい年に向かって前進をさせていただきましょう。

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