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成人祝福礼拝 宣教要旨  「神は私たちの王」     (2014年1月12日)

聖 書:イザヤ書33章17節~24節       宣教:福田勝敏牧師
 
司会者には17節から読んでいただきましたが、1節の始まりに目を向けてみますと「ああ」で始まっています。新共同訳では「災いだ」となっているのです。そして、新共同訳の段落には表題がつけられていて、本章の始まりの段落の表題は「救いを求める祈り」となっています。
 ここで使われている「ああ」即ち「わざわいだ」は現代の私たちへの警告であり、当時のイスラエルの敵国アッシリヤへの裁きの言葉でもあります。
 イスラエルの人格を踏みにじり、裏切りをもって約束を反故にしてしまうアッシリヤは必ず裁かれることになるのです。
 私たちも、弱い立場の人たちのために祈り、誠意をもって接することの大切さを教えられます。
1、祝祭の都
 モーセによってエジプトから救い出されたイスラエルの民は、神様に従わない不従順の罪のために40年間の長きにわたって、荒野の生活を強いられました。この時の民は移動の度に天幕は移され、杭は抜かれ、綱も移動させられました。神様に祈るための祭壇も同様に移動する場所に運ばれていました。
 しかし、約束の地に定住した人々は、天幕ではなく建築の家に住み、安定した生活を送ることになったのです。当然神を礼拝する神殿も立てられ、神に対する祝祭が安定した場所で行われるようになったのです。
 私たちも神様の救いに与る以前、すなわち罪に捕らわれ、滅びに向かっていた時は安定しない心の動きの中にあり、永遠に対する希望もありませんでした。しかし、十字架を信じ、神の前に罪を悔い改める時、永遠の滅びと不安定な迷いの人生から救い出され、永遠の命の祝福をいただくことができます。
 そこは、堅固な岩の上に建てられた家のように安定した信仰生活を送る時、神が私たちの心を祝福してくださるのです。
2、神が王となってくださる
 安定した町である、エルサレムに定住した人々にとっては神ご自身が王となってくださいました。そうする時に、外からの攻撃は内側にまでは及ばず、すべてをご存じの神さまが、私たちの全ての必要を知った上で守り導いてくださるのです。
 神様が王して内に住んで下さると、それまで私たちを罪に引き入れ、永遠の滅びに陥れようと脅かしていた敵であるサタンの力は無力になり、この世において力のない者も、神様の恵みに与ることが許されます。
 わたしたちは毎日の生活のな中で、真の神さまを心の王座にお迎えして、このお方に仕えて生活したいものです。
3、罪ゆるされた者の歩み
 13節~16節にも、神と共に歩む人々の幸いが記されています。罪を許されて、堅固な岩である神と共に歩む者は、神様によって高い所を歩ませていただき、祝福の道を約束していただけます。
 罪に苦しむ心は御子イエス・キリストの十字架の贖いによって赦され、いやされ、新しい命をいただいて、罪の誘惑にも打ち勝って生きることができるのです。伝道の書12:1に「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。災いの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。」とあります。若い時から、神様をわたしたちの王として歩ませていただきましょう。                                        
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