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礼拝宣教要旨      2014年5月18日(日)

主題「聖なるお方」イザヤ47:1~15    宣教:福田勝敏牧師

本章は、聖にして義なる神に逆らう者に対するさばきの預言です。バビロン、カルデヤは大きな力と権力を誇って、イスラエルを滅ぼして奴隷としました。
 しかし真の神は、神に依り頼むイスラエルを救うこととされたのです。これは、現代の多くの人々が神に背を向けて偶像に頼り、自分の力や知恵を誇っている時、神は必ず裁きを行われることを教えているのです。

1、さばきの預言
 バビロン、カルデヤの娘たちに対して滅びと滅亡が預言されています。ここで「娘」と呼ばれているのは必ずしも若い女性を指しているわけではありません。自分たちの隆盛が、若い女性の青春時代のように華やかにかぐわしいことを誇っているバビロン帝国やカルデヤの国は、神の愛されるイスラエルを滅ぼし、奴隷として苦しめていました。
 神は、イザヤを通して神の愛されるイスラエルを救うために、バビロンやカルデヤを逆に奴隷とするとの預言をしておられるのです。これは、神に反逆して自分の富や権力を誇って、貧しい人、弱い立場の人をないがしろにしている者は必ず神のさばきを受けることになることを教えているのです。

2、間違った誇り
 「私だけは特別だ」と思っている人は必ず大きな後悔をすることになることが示されています。私たちは平和が続いていると、この平和はいつまでも続くように思えてきます。「人々が「平和だ。安全だ」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります」(Ⅰテサ5:3)とのみ言葉の通りです。神が最後の審判を行われるときには、持っている富も、権力も何の役にも立ちません。しかし、その時自分の罪を神様の前に悔い改めて、謙遜に神様の前に出る者は神のあわれみを受けることになるのです。
 「私だけは特別だ」と思わないでください。あなたの罪も裁かれるのです。しかし、あなたも悔い改めるなら、例外なしに救いを受けて天国の約束をいただくことができます。間違った誇りを捨てて、神様により頼みましょう。

3、間違った確信
 多くの人々は、知恵を誇り、知識や富が自分を守ると思っています。しかし、多くの学者は「わたしは多くのことを知れば知るほど、いかに自分が知らない者であるかを知らされます」と言います。すなわち「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです」(Ⅰコリ8:2)の聖書のみ言葉の通りです。
 さらに中には、言い伝えや、習慣、占いなどに頼る人たちも多くあります。「科学の進んだこの時代に宗教を信じるなんて」という人も、迷信を恐れたり、見えないものに恐れを覚えたりします。
 しかし、わたしたちの目には見えませんが、歴史の中に確かに来られ、生き、十字架にかかり、死んでよみがえり、今も生きて、常に守っていてくださるお方を見上げ、信頼していきたいものです。
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