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教会学校合同礼拝宣教要旨  2014年7月6日(日) 宣教:福田勝敏牧師

主題「子どもを愛するイエス様」    マルコ10:13~16   

昨年から、教会学校合同礼拝の機会を持っています。本当はもっともっとたくさん合同礼拝があればいいなあと思います。
それは、牧師が小さい子どもたちが好きだからというのではありません。イ
エス様が「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです」と言っておられます。また「子どもたちを赦してやりなさい。邪魔をしないでわたしのところに来させなさい。天の御国はこのような者たちの国なのです」(マタ19:14)。とも言っておられます。
 聖書で言っている子どもたちは、いくつくらいの子供を指しているのでしょ
う。ルカの福音書では「幼子たちを、みもとに連れて来た。」とありますが、
ここでの幼子は1,2歳の幼児をもさしていますから併せて考えるなら、乳飲
み子から12歳程度の子どもたちを指しています。

1、子どもに対する弟子たちの態度
「イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて
来た」とありますから、イエス様の近くに子どもたちを連れて来たのは、イエ
ス様にさわっていただこうとして子どもを連れて来たのですが、16節を見る
と「イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された」とありま
す。イエス様のもとに子どもを連れて来た人たちは、子どもをイエス様の祝福
に与らせたかったのです。
 ところが「弟子たちは彼らをしかった」とあります。この「しかる」という
言葉は「怒鳴りつける」という激しい言葉です。この言葉は、イエス様が悪霊
に対して「出て行け」と言われるとき、また嵐に対して「静まれ」と言われる
ときに使われる言葉です。ですから弟子たちはこの時、かなり強い口調で子ど
もたちを怒鳴りつけたようです。
 弟子たちは、子どもたちがうるさくしてス様を煩わせないようにイエス様の
ことを気遣ってとった行為だったのでしょう。

2、子どもたちに対するイエス様の態度
 ところがイエス様は、弟子たちのこの態度に対して「憤って」おられます。
イエス様が憤られるというのは、大変珍しいことで、この「憤る」は「深く悲
しむ」「腹を立てる」という意味ですが、この言葉をイエス様が使われたのは
ここだけです。マタイもルカもイエス様が「憤った」ということは書いていま
せん。しかも、マルコはイエス様が「子どもたちを抱き、彼らの上に手を置い
て祝福された」と書いています。9章36節でもイエス様が、こどもを腕に抱
き寄せておられる様子が書かれています。いかにイエス様はこどもたちを愛し
ておられたことでしょう。子どもたちは、イエス様がみんなのことを大好きな
んだと信じて、みんなもイエス様を大好きでいましょう。

3、神の国を受け入れる
イエス様は続けて「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決して
そこに、入ることはできません」と言われました。
 子どものように受け入れることが大切だというのです。それでは逆に「大人
のように神の国を受け入れる」とはどういうことでしょう。
 この記事のすぐ後に出てくる青年は、「尊い先生。永遠のいのちを自分のも
のとして受けるためには、わたしは何をしたらよいでしょうか」と言っていま
すが、多くの大人は「何をしたらいいのですか?何をしなければいけないだろ
う」つまり、頑張って神の国を受け入れることだと思っています。
 「頑張る」とは「我を張る」「自分を押し通す」という意味だそうです。で
すから、「子どものように神の国を受け入れる」とは、頑張ることをやめて子どものようにイエス様のふところに飛び込むことです。
イエス様の十字架と復活を自分のためのもだと本気で信じて、イエス様につい
ていきましょう。
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