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礼拝宣教要旨    2014年9月7日(日)   宣教:福田勝敏牧師

主題「永遠の光」」      聖書:イザヤ60:17~22   
 
イザヤ書58章、59章では、神のさばきから救われるためには、罪の悔い改めと、贖い主に対する信仰が必要であることが語られていました。
 この60章と61章では祝福と繁栄について述べられています。内容的には終末、世の終わりにおいて神の民すべてに与えられる祝福が述べられているのです。直接的にはイスラエルの回復と祝福が語られているのですが、その対象は、新しいエルサレム、すなわち、イエスキリストの十字架と復活を信じて神の子とされたクリスチャンであり新約の教会なのです。

1、起きよ。光を放て  1~3
 この命令は、エルサレムの回復の預言のためにイスラエルの民に与えられたというだけでなく、新しいエルサレムの民とされた、神の贖いをいただいた神の民であり、新約のわたしたちの教会を指しているのです。
 確かに現代の社会を見る時に厚い黒雲が空をおおっているように思えます。先週の「徳島キリスト者平和の集い」で、正田先生が現在の政府が目指している内容の危険性などを語っておられました。
 確かに「暗やみが諸国の民をおおっている」時代です。しかしこの時代であればこそ私たち救われた者たちは神様から頂いた光を輝かすべきなのです。

2、心ふるえる喜び  4~16
 「喜ぶ」という語には、「広くなる」「自由になる」の意味もあります。なんとすばらしい祝福の約束でしょう。
 主権者である神が働かれるとき、かつて裁かれ、捕囚になり、苦しみのどん底を味わったイスラエルの民が、祝福を受け、回復が与えられ、心が震えるほどの喜びに満たされるというのです。これは、私たちが自分の罪のゆえに、永遠の滅びに定められ、永遠の滅亡に向かっていたにもかかわらず、イエス・キリストの十字架と復活の御救いに与り、永遠の天への希望が与えられ、その喜びに心が震えるほどの感謝があふれてくるのです。

3、神が永遠の光  17~22
 神が与えてくださる震えるほどの喜びは、「あなたの門を賛美と呼ぼう」と言われるものです。抑えきれない喜びは賛美となり、感謝になるのです。
 ヨハネの黙示録21:23に「「都には、これを照らす太陽も月もいらない。というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである」とあります。終末の後に神が用意してくださっている新天新地こそ、イザヤ書60章にしるされた永遠の光なる神の姿です。
 私たちは、このすばらしい神によって贖われ、救われ、守られ、祝福の約束をいただいているのです。
 今日からの一週の歩みも、神の光の中を歩ませていただきましょう。
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