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礼拝宣教要旨   2014年10月26日(日)  宣教:福田勝敏牧師

主題「新天新地の喜び」」   聖書:イザヤ書65:17~25   

イザヤ書も最後の2章を残すのみになりました。この最後の2章は、63章、64章でささげられた、預言者イザヤの祈りに対する神の答えの箇所です。
 この答えは、イスラエル民族だけではなく、真の神を真剣に求め、信じている全世界のすべての人々に対して語られています。
 神は聖なるお方であり、悪は絶対に許されない厳しい審判者です。しかし、同時にこのお方は、罪を悔い改めて主イエス・キリストの十字架と復活を信じ、謙虚に正しく生きる者には、永遠の生命と終末における希望を与えてくださるお方です。

1、手を差し伸べる神      1~10
 神は、神に敵対する者たちに対しても「一日中、私の手を差し伸べた」(2)と語っておられます。しかし、神の忌み嫌われる偶像礼拝、神に対する反逆を繰り返す民に対しては「必ず報復する」、と6節、7節の中に3度も繰り返しておられます。これは、イザヤが語る神のご慈愛のゆえに差し伸ばされる手をはねのけるようにして、罪を繰り返しているイスラエルの民たちに対して語られている言葉です。
 神のご愛の呼びかけに答えて御手にすがるとき、「シャロンは羊の群れの牧場、アコルの谷は牛の群れの伏す所となる」(10)と言ってくださるのです。

2、偶像礼拝に対するさばき   11~16
 このような神のご愛に従わないで、罪を犯し続ける時「わたしはあなたがたを剣に渡す。それであなたがたはみな、虐殺されて倒れる。」(12)と「神の報復」が述べられています。
 現代の私たちに対しても、神は常に愛の手、救いの手を伸ばし続けてくださいますが、その優しい御手を払いのけて悔い改めず、罪の中にとどまり続ける者に対しては、厳しい永遠の滅びと言う裁きが用意されているのです。「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」(ガラ6:7)とある通りです。
 しかしだれでも、神の前に悔い改めるなら、全く新しくされるのです。そこには何の外見的な差別もありません。まことに祝福されるのは真の神、天地創造の神を畏れ、その御旨に従って生きる人々です。

3、新しい天と地の喜び     17~25
 この最後の部分は、終末の新天新地の栄光に輝く、神の主権によって完成される祝福が美しく描かれています。
 新しいエルサレムが創造され、贖われた神の民は、ヨハネの黙示録22章に記され、完成された新天新地に入れていただく希望が与えられるのです。
 ある聖書学者は「17節から25節は旧約聖書における最も美しい終末のメッセージで、イザヤ書はここで閉じられても良いほどである」と言っておられます。
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